外来生物法とサソリ
外来生物法とは
外来生物法 (特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律) は、外来種のなかから特定外来生物を指定し、その取扱いを規制することにより、日本国内の在来の (元々あった) 生態系、人の生命・身体、農林水産業の被害を防止しようという法律です。
海外起源の外来種のうち、上記のような日本国内で被害を及ぼす、または及ぼすおそれのある種が特定外来生物に指定されます。特定外来生物に指定された生物は、研究目的などで許可された場合を除き、飼育・栽培する、保管・運搬する、野外へ放つ・植える、輸入することなどが原則として禁止されます (2022年の改正により、新たに特定外来生物を指定する際に、規制の一部を適用除外とすることもできるようになっています: 条件付特定外来生物; 環境省)。
また、国内で被害を及ぼすおそれがあるかまだよくわかっていない生物については、未判定外来生物に指定され、輸入したい場合には事前に届出を出して主務大臣 (現在は環境大臣及び農林水産大臣) の判定を受けなければなりません。その結果、問題がないと判定されれば輸入可能ですが、被害を及ぼす疑いがあると判定されれば、その生物は「特定外来生物」に指定され輸入が規制されます。
さらに、特定外来生物でなくても、特定外来生物と外見がよく似ていて、すぐに判別できない生物は種類名証明書の添付が必要な生物に指定され、外国の政府機関等が発行したその生物の種類名が記載されている証明書を添付しなければ輸入できません。
外来生物法で規制されるサソリ
現在、サソリ目においては、「人の生命又は身体に関わる被害」を及ぼすおそれがあるとして、「キョクトウサソリ科のサソリ全種」が特定外来生物に指定されています。環境省の発表では、指定された当時の種数として「約600種」と記されていますが (環境省自然環境局)、2020年現在ではさらに種数が増えて1,200種超となります (Rein, 2017)。
また、種類名証明書の添付が必要な生物としては、「サソリ目に含まれるサソリ全種」が指定されており、2020年現在の種数にすると約2,600種となります (Rein, 2017)。
要するに、キョクトウサソリ科のサソリは人体にとって危険なので特定外来生物に指定しますが、その他のサソリとの区別が難しいため、全てのサソリについて種類名証明書の添付を義務付けますということです。
というわけで、現在、外国からサソリを輸入しようとする場合には、どんなサソリであっても種類名証明書が必要になります。
先ほど、サソリ類の特定外来生物への指定目的が「人の生命又は身体に関わる被害」防止のためと述べましたが、2018年現在のところ、「人体への被害」だけを理由に特定外来生物に指定されている生物は蛛形類のサソリ類とクモ類だけとなっています (環境省自然環境局)。その他の分類群では、カミツキガメ、タイワンハブ、ヒアリなども「人体への被害」が特定外来生物指定の理由になっていますが、これと併せて「生態系に関わる被害」などが同時に指定理由に入っています (環境省自然環境局)。
また、クモ類ではセアカゴケグモなどが国内で既に定着しており、ほかの未定着のクモも定着する可能性があるそうです。一方、サソリ類については、小笠原諸島の硫黄島を除き、これまでに一度も国内での定着例がありません (先島諸島にはヤエヤマサソリ・マダラサソリが生息しているため、沖縄本土などでは生息可能かもしれませんが)。

サソリ規制の経緯
サソリが外来生物法で規制される理由
外来生物法のほかに、人体に被害を及ぼすような危険な動物を規制する法律としては「動物の愛護及び管理に関する法律」 (通称:動物愛護管理法) があります。動物愛護管理法では、人体に危害を加える恐れのある危険な動物は「特定動物」に指定され、飼育の許可や脱走ができない施設での飼育などが必要になります。
しかし、外来生物法制定の時点では、サソリは動物愛護管理法での規制対象になっていませんでした (動物愛護管理法は哺乳類、鳥類、爬虫類を対象とした法律のようです)。特定外来生物選定についての会合の議事録にもありますが、「猛毒を有するサソリは、動物愛護管理法では対象になっておらず、危険動物としては指定されていない」ために、外来生物法での規制となったようです (環境省自然環境局)。
外来生物法でサソリ目全種が規制される理由
特定外来生物にキョクトウサソリ科全種、種類名証明書添付生物にサソリ目全種という規制のされかたは、他の分類群に比べると規制範囲が非常に広いように思われます。
もともと、選定会合の第1回では、猛毒をもつサソリとして明確な属名がリストアップされていました。しかし、第2回会合では「さらに内容を見ていったところ、毒性についてはほとんどあるであろう」と、突如としてキョクトウサソリ科全種が特定外来生物へと変更されました。議事録にもありますが、特定外来生物の指定に関して、クモ類・サソリ類では致死性の毒をもっているか (死亡例があるか) に重点が置かれています。サソリ類についても、死亡例が報告されている属や猛毒をもつ属が資料中に記されており、属単位での選定が十分できたはずです。しかし、結果としてキョクトウサソリ科全種が指定されました。
これについて、選定会合の委員からは、「やはり特定外来生物は種がよいのではないかと思ったのです。が、そうしますといろいろ実務上の困難が出るということをご説明いただいて、そこは私も理解しまして、キョクトウサソリ科全種を特定外来生物とするというのも1つの意見だと今は思っております。」「キョクトウサソリ科のある属があって何種かありますね。そのうちの1種だけが毒性がよくわかっているとしても、ほかとの区別というのはまず不可能ですね。専門家でも大変だろうと思います。ですから、この措置はもうやむを得ないかなと私も思いました。」という発言が出ています。つまり、キョクトウサソリ科のサソリ全てが危険だからというのではなく、キョクトウサソリ科内で危険なサソリとそうでないサソリを明確に同定 (種の判別) することが難しいため、輸入時の手続きを円滑に進めるためにまとめて特定外来生物としようというのが理由のようです。
また、サソリ目全種に種類名証明書の添付が必要な理由としては、「税関が見るという観点からするとキョクトウサソリ科とそれ以外のサソリというのは恐らく区別がつかないだろう」「(種類名証明書が) ついてなかったとなると、キョクトウサソリかどうかを見なきゃいけないんです。それは恐らく税関では見れないですから、あらかじめそのキョクトウサソリではないという簡単なものでもいいので、その証明書がついてないと無理だ」と説明されています。つまり、専門家が時間をかけて同定するというのではなく、税関で専門家でない人が迅速に処理できるようにするために「このサソリはキョクトウサソリ科ではない」とわかる証明書の添付が必要だということのようです。
サソリを規制することになったそもそものきっかけ
クモ類については、外来生物法制定前の時点でセアカゴケグモが既に国内に定着していました。一方、サソリ類については、これまで一度も国内に定着したという記録がありません。
もちろん、致死性の毒をもつサソリについては規制が必要でしょうが、なぜここまでサソリが問題視され、「早急に規制を検討する必要がある」と考えられたのでしょうか?

サソリを規制するきっかけとしては、2003年に起きたイエローファットテールスコーピオン脱走事件が大きく影響したのではないかと考えられます。このとき、ペットとして飼育されていたのが猛毒をもつイエローファットテール (Androctonus australis) であったため、アパート入居者全員の避難、アパート全体の一斉駆除作業など大きな事件となり、全国的に報道されました。
選定会合では直接この事件には触れていませんが、資料には脱走事件があったことが記載されていますし、ペットとしての流通が大きく問題視され、「愛好家は毒の強いものに憧れる」という記述さえあります。
やはり、サソリ類規制の背景にはこの事件が大きく影響したのだと思います。
出典 ▼
- 環境省自然環境局. “どんな法律なの?”. 日本の外来種対策ウェブサイト. (https://www.env.go.jp/nature/intro/1law/outline.html), (2018/07/10参照)
- 環境省自然環境局. “2023年6月1日よりアカミミガメ・アメリカザリガニの規制が始まりました!”. 日本の外来種対策ウェブサイト. (https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/regulation/jokentsuki.html), (2024/04/29参照)
- 環境省自然環境局. “特定外来生物の解説:キョクトウサソリ科の全種”. 日本の外来種対策ウェブサイト. (https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/L-ku-01.html), (2018/07/10参照)
- 環境省自然環境局. “特定外来生物の見分け方(同定マニュアル)”. 日本の外来種対策ウェブサイト. (https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/manual.html), (2018/07/10参照)
- Rein, JO. (2017) The Scorpion Files. Trondheim: Norwegian University of Science and Technology. (https://www.ntnu.no/ub/scorpion-files/)
- 環境省自然環境局. “特定外来生物等一覧”. 日本の外来種対策ウェブサイト. (https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list.html), (2018/07/10参照)
- 環境省自然環境局. “特定動物(危険な動物)の飼養又は保管の許可について”. 環境省ホームページ. (https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/1_law/danger.html), (2015/08/13参照)
- 環境省自然環境局. “第1回特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物) 議事録”. 環境省ホームページ. (https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei/inverte01/indexb.html), (2018/07/10参照)
- 環境省自然環境局. “特定外来生物等の選定作業が必要と考えられる外来生物に関する情報及び評価(案):第1回特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物) 議事次第”. 環境省ホームページ. (https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei/inverte01/mat03_4.pdf), (2018/07/10参照)
- 環境省自然環境局. “第2回特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物) 議事録”. 環境省ホームページ. (https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei/inverte02/indexb.html), (2018/07/10参照)
- 環境省自然環境局. “特定外来生物等の選定作業が必要と考えられる外来生物に関する情報及び評価(案) 041227 版:第2回特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物) 議事次第”. 環境省ホームページ. (https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/data/sentei/inverte02/mat01_3.pdf), (2018/07/10参照)