マダラサソリは外来種なのか?
2.特定外来生物の定義とマダラサソリ

2018年のマダラサソリ事件が起きる以前は、マダラサソリは古くから日本国内に分布している在来種なので、特定外来生物の対象にはならないという考えが多くあったようです。
マダラサソリ事件の後、2019年8月まで (9月以降表示はなくなりました)、日本の外来種対策ウェブサイトのトップページにて「問合せを多くいただいておりますが、マダラサソリはきょくとうさそり科の1種として、特定外来生物に指定されており、飼養、運搬、保管、譲渡し等が規制されておりますので、ご注意願います。」という表示がされたことから、残念ながらマダラサソリは特定外来生物となります。
ですが、特定外来生物は法律上の定義であり外来種とは別物となるので、両者の違いを理解するためにも、あらためて特定外来生物の定義から考えてみます (当ウェブサイトとしての解釈となりますので、ご了承ください)。
特定外来生物の定義
まず、外来生物法 (特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律) における特定外来生物の定義です。
外来生物法 (平成26年法律第69号改正) より
第1章 総則
第2条 この法律において「特定外来生物」とは、海外から我が国に導入されることによりその本来の生息地又は生育地の外に存することとなる生物(その生物が交雑することにより生じた生物を含む。以下「外来生物」という。)であって、我が国にその本来の生息地又は生育地を有する生物(以下「在来生物」という。)とその性質が異なることにより生態系等に係る被害を及ぼし、又は及ぼすおそれがあるものとして政令で定めるものの個体(卵、種子その他政令で定めるものを含み、生きているものに限る。)及びその器官(飼養等に係る規制等のこの法律に基づく生態系等に係る被害を防止するための措置を講ずる必要があるものであって、政令で定めるもの(生きているものに限る。)に限る。)をいう。
2 この法律において「生態系等に係る被害」とは、生態系、人の生命若しくは身体又は農林水産業に係る被害をいう。
3 主務大臣は、第一項の政令の制定又は改廃に当たってその立案をするときは、生物の性質に関し専門の学識経験を有する者の意見を聴かなければならない。
特に括弧が多すぎるのもあってわかりづらいですが、ざっくりと要点をまとめると、
特定外来生物とは、
①海外から日本国内に導入され、または今後導入された場合に外来生物となり、
②生態系、人の生命、農林水産業に被害を及ぼす、または及ぼすおそれがあると考えられ、
③特定外来生物を指定する政令で定められた生物
となります。
①について、外来生物法の条文では「外来種」ではなく「外来生物」という言葉が使用されていますが、これはおそらく卵・種子・器官なども対象となるためで、書かれている内容から、種の場合は「国外由来の外来種」と同義であると考えられます (外来種の定義については第1章参照)。
そして②より、日本国内で被害を及ぼしている種や、今後日本国内に導入されたときに被害を及ぼすと考えられる種のなかから特定外来生物の選定を行います。
外来生物法という法律は、特定外来生物とはこういう生物で、こういう取り扱いをしますという内容が定められたものであり、この生物を特定外来生物に指定しますということは書かれていません。
③のように、この生物を特定外来生物に指定しますと実際に記してあるのは政令 (内閣が制定するルール) であり、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令という政令で定められた生物が特定外来生物となります (以下、施行令とします)。
まあ、この辺りは手続き上の問題なので重要ではないかもしれませんが、
法律は国会を通らなければいけませんが、政令は閣議決定、つまり内閣を通ればよいということになります。
今回のように、特定外来生物としての指定自体が問題になっているということは、素人考えで言わせてもらうと、特定外来生物を指定する部分をより広く大きな場で議論したほうがよいのではないかという感じもします (国会で議論するというのはまた違いますが)。
外来生物法では特定外来生物の選定のしかたについても記述されており、第3条において、特定外来生物被害防止基本方針というものを作成して、そこで選定方法 (特定外来生物の選定に関する基本的な事項) を定めなさいということが書かれています (以下、基本方針とします)。
そこで、基本方針の選定に関する内容について見ていきます。
基本方針 (平成26年3月18日閣議決定 (変更) ) より
第2 特定外来生物の選定に関する基本的な事項
1 選定の前提
ア 我が国において生物の種の同定の前提となる生物分類学が発展し、かつ、海外との物流が増加したのが明治時代以降であることを踏まえ、原則として、概ね明治元年以降に我が国に導入されたと考えるのが妥当な生物を特定外来生物の選定の対象とする。
イ 個体としての識別が容易な大きさ及び形態を有し、特別な機器を使用しなくとも種類の判別が可能な生物分類群を特定外来生物の選定の対象とし、菌類、細菌類、ウイルス等の微生物は当分の間対象としない。
ウ 外来生物のうち、交雑することにより生じた生物には、その由来となる生物との交雑による後代の生物も特定外来生物に含めるものとする。
エ 遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(平成15年法律第97号)や植物防疫法(昭和25年法律第151号)など他法令上の措置により、本法と同等程度の輸入、飼養その他の規制がなされていると認められる外来生物については、特定外来生物の選定の対象としない。
まとめると、特定外来生物の指定対象となる生物の基準は、
原則、概ね明治元年 (1868年) 以降に導入されたと考えるのが妥当な生物 (かなりあいまいですが)
微生物は対象外
特定外来生物と交雑して産まれた個体も対象
他の法律により同程度に規制されている種は対象外
となります。 (もちろん、及ぼすと考えられる被害の内容なども選定基準となります)
外来生物法の条文では、上記にあるように、特定外来生物を定めるにあたって専門家の意見を聴かなければならないとされています。そこで、各分類群について専門家の会議 (特定外来生物等専門家会合) が開催され、基本方針にある基準をもとに特定外来生物が選定されます。
外来生物法でのマダラサソリの扱い
では、上記の手続きを経た結果として施行令で定められたサソリ目の表記を見てみます。
施行令 (平成29年政令第288号改正) より
八 くも綱
イ さそり目
(1) きょくとうさそり科
1 きょくとうさそり科全種
施行令において、分類群として特定外来生物に指定し、そのなかに在来種がいて除外するなどの場合には、以下のように除外する生物が明記されています。
施行令 (平成29年政令第288号改正) より
(3) ひめぐも科
1 Latrodectus属(ゴケグモ属)に属する種のうちLatrodectus elegans(アカオビゴケグモ)以外のもの
キョクトウサソリ科の項目では特に除外する記述は無いため、マダラサソリを含むキョクトウサソリ科全種が対象となります。
よって、マダラサソリは特定外来生物となります。
なぜマダラサソリが対象外と考えられたか
施行令における「きょくとうさそり科全種」という表記は2005年の外来生物法施行当時から変わらないため、最初からずっとマダラサソリは特定外来生物であったはずなのですが、どうしてマダラサソリが対象外と広く考えられていたのでしょうか。
はじめに書いた、「マダラサソリは古くから日本国内に分布している在来種」という考えがもちろん大きかったとは思いますが (また、以前に環境省へ問い合わせて対象外との回答を得たという方もいるようです)、ほかにも外来生物法に関する内容が大きく関係していたのではないかと思われます。
①施行当時は「原則として」がついていなかった。
現在の基本方針では、「原則として、概ね明治元年以降に我が国に導入されたと考えるのが妥当な生物を特定外来生物の選定の対象とする」となっていますが、この「原則として」が追加されたのは、2014年の改正時になります (環境省, 2014)。この追加の理由として、当時の専門家会合では、「導入されたのは明治以前であっても、近年になって被害が拡大しているものについても検討対象に加えてもいいのではないかという御意見を踏まえて」とされています (具体的にどの種がそれにあたるのかはわかりませんが)。
「原則として」がついていなくても「概ね」がある時点で、きっちり明治元年が基準とされているわけではありませんが、やはりその認識が強かったようで、基本方針が改正される前に発行された文献では、マダラサソリは明治時代より前に日本に入ってきたと考えられるため特定外来生物には含まれないとしているものもあります (自然環境研究センター, 2008; 相原・秋山, 2007)。
②施行当時は「以外のもの」がついておらず、「在来種を除く」が使われていた。
現在の施行令では、分類群として特定外来生物に指定し、そのなかに在来種がいて除外する場合には、「○○のうち□□以外のもの」として、除外する生物が明記されています。しかし、この表記がされるようになったのは、2005年12月の特定外来生物第二次指定以降であり、外来生物法施行当時の第一次指定では、この表記はありませんでした。
また、施行令において「○○のうち□□以外のもの」という表記がされるようになってからも、ほかの資料等では、「在来の種・亜種を除く」という省略したかたちで表記されることもあったことから (環境省, 2005; 東岡, 2014)、キョクトウサソリ科では除外される種が無いということが分かりづらかったと考えられます (「在来の種・亜種を除く」という表記については、マダラサソリ事件後にSNSでも話題になりました)。
外来生物法と外来種との関係
特定外来生物は (国外由来の) 外来種と考えられる生物のなかから選定されるため、外来生物法の条文の上では、特定外来生物に指定されている生物は外来種であるという解釈になります。つまり、外来生物法上は、マダラサソリは外来種と考えられているということです。しかし、手続き上は施行令に記載された生物が特定外来生物となるのであり、極端なことを言えば、在来種であっても特定外来生物とすることも可能です (あくまで可能性のはなしです)。
そもそも、外来生物法は外来種と考えられる生物を対象としたものであり (その生物が外来種であることが前提)、外来種か在来種かはっきりわからない生物は取り扱う範疇にないと言えます。在来種の可能性が指摘されている生物について、外来種か在来種かを判定する基準もありません。
日本の外来種対策ウェブサイトでの「きょくとうさそり科の1種として、特定外来生物に指定されており」という平仮名での表記は、施行令にこう書いてあるでしょと言っているだけであり、なぜマダラサソリが特定外来生物の選定対象なのか、つまりマダラサソリが外来種であるという理由は全く示されていません (そこが一番知りたいところでしょう)。在来種の可能性もあると考えられている (外来種と考えていない人も多くいる) 生物については、外来種であると考える根拠をきちんと示す必要があると思います (この点については第5章で考えてみます)。
出典 ▼
- 特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律 (外来生物法) (平成26年法律第69号改正) 第2章 第2条.
- 特定外来生物被害防止基本方針 (平成26年3月18日閣議決定 (変更) ) 第1の1.
- 特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令 (平成29年政令第288号改正) 別表第一の第一の八.
- 環境省 (2014) 第9回 特定外来生物等専門家会合議事録.
- 相原和久, 秋山智隆 (2007) タランチュラ&サソリ (節足動物ビジュアルガイド), 誠文堂新光社, 東京.
- 多紀保彦 (監修), 自然環境研究センター (編著) (2008) 決定版 日本の外来生物, 平凡社, 東京.
- 特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令 (平成17年政令第169号).
- 環境省 (2005/12/08) "「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律施行令の一部を改正する政令」について", 資料1 特定外来生物の第二次指定対象種について.
- 東岡礼治 (2014) 行政の立場から外来生物法の今後を考える, 雑草研究, 59(2):93-99.