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マダラサソリは外来種なのか?

3.外来種・在来種の判定方法はあるか?

第2章で述べたように、外来生物法は (国外由来の) 外来種と考えられる生物を対象とするのであって、その生物が外来種かどうかを判断する基準はありません。

第1章でも紹介しましたが、『岩波 生物学辞典 第4版』では外来種について「ふつうは導入経路が歴史的にだいたい見当がつけられるものに限る」とあるように、日本国内にも外来種なのか在来種なのかよくわからない種がおそらくたくさん分布しているのだと思います。そういった場合に、外来種か在来種かを判定する方法があるのか研究例を調べてみました。

日本国内に分布するハクビシン

ハクビシン (Daderot, CC0)
ハクビシン (Daderot, CC0)

ジャコウネコ科のハクビシン Paguma larvata は日本では農業害獣として知られ、年々被害が増加しています。

ハクビシンは、日本国内では1940年代の静岡県での発見 (那波, 1965) が初記録とされ (増田, 2011; 環境省, 2018)、当時は各地にまばらで飛び石的な分布をしていましたが (Masuda et al., 2010; 増田, 2011; 農林水産省, 2018)、徐々に分布を拡大していきました。また、日本国内ではハクビシンの化石骨が出土していないそうです (Masuda et al., 2010; 増田, 2011)。


このような理由から、ハクビシンは国外由来の外来種ではないかと考えられてきましたが、一方で、ハクビシンが在来種であるという主張もありました。

日本近隣では、台湾のハクビシンは在来個体群であると考えられています。

日本と台湾に生息するハクビシンでミトコンドリアDNA (mtDNA) の配列を解析した結果、共通するタイプが見つかり、日本の集団の一部は台湾起源と考えられています (Masuda et al., 2010、増田, 2011)。

台湾からは、過去に毛皮製作、食用、ペットとしてハクビシンが輸入されていたこともあるようで、mtDNAの解析結果と合わせて考えると、日本のハクビシンの一部は台湾から持ち込まれた外来個体群であると考えられます (Masuda et al., 2010)。


ただし、日本の個体群の中には台湾に見られないDNAタイプもあるため、台湾以外の地域から日本へ持ち込まれた集団もいると考えられています (Inoue et al., 2012)。

以上、発見や輸入の記録、分布状況 (生態学)、化石記録 (考古学)、遺伝的解析の結果を総合的に判断して、現在では、日本国内に分布するハクビシンは国外由来の外来種であると考えられています。

ちなみに、一部文献では「最近になって遺伝子解析が行われ、日本のハクビシンは台湾などから入ってきた外来種であると結論づけられました」(環境省, 2018) という記述も見られますが、遺伝的解析の結果は侵入 (進入) 経路がわかるだけで、それだけでは分散によるのか導入なのかはわからないと思うのですが。

判定のポイント:

発見や輸入の「記録」、分布状況 (生態学)、化石記録 (考古学)、類縁関係 (遺伝的解析)

マガキとポルトガルガキ

マガキ (David.Monniaux, CC BY-SA 3.0)
マガキ (David.Monniaux, CC BY-SA 3.0)

日本で新種記載されたマガキ Crassostrea gigas とポルトガルで記載されたポルトガルガキ Crassostrea angulate は、主に分布域の違いから、それぞれの地域の在来種と考えられてきました (岩崎ら, 2009)。

(マガキを含むアジアのCrassostrea属は、現在、Magallanaという新属へ変更するという分類も提唱されています: Salvi et al., 2014)


しかし、両者は貝殻の形態では見分けがつかないほど似ており、しばしば交雑も起きていると考えられ、また、アロザイム (酵素) マーカーを用いた解析では両者に高い遺伝的類似性が見られたことから、両者が同種であるという説も提唱されました (Batista et al., 2006)。

その後、mtDNAやマイクロサテライト (DNA) マーカーを使用した解析の結果、両者は非常に近縁ではあっても、明らかな遺伝的差異が見られ、別種と考えられるようになりました (Batista et al., 2006)。


mtDNA解析からは、マガキとポルトガルガキの祖先が分岐したのは、地理的な隔離が起きたよりもあとと考えられ、ポルトガルの地層からの化石証拠も見つかっていないそうです (Batista et al., 2006)。

また、mtDNA解析により、ポルトガルガキがマガキや他のアジア産のカキと遺伝的に近い関係にあるという研究結果や、ポルトガルガキが台湾を起源とする可能性が高いという結果もあり、現在では、ポルトガルガキはアジアからヨーロッパへ人為的に導入されたという説が有力となっているようです (Batista et al., 2006)。

判定のポイント:

類縁関係と分岐年代 (遺伝的解析)、地理的隔離 (地質学)、化石記録 (考古学)

海産生物についてのアンケートと文献調査

海域では、日常的な観察が困難なことや、在来の海産生物相に関する過去の記録が乏しい海域も多いため、外来種か在来種かの判定が難しい生物が数多く存在するそうです (岩崎ら, 2004)。


岩崎ら (2004) は、日本国内で外来種の可能性のある海産生物について、アンケートと文献調査により、「国外移入種 (国外由来の外来種)」「国内移入種 (国内由来の外来種)」「在来種」「国外移入 (国外由来) だが自然分散の可能性が高い種」などの判定を行っています。

しかし、判定の第一段階として以前から在来種として認識されていたかどうかを基準としており、これまでの認識がどうであったかに重きが置かれています。また、文献によって主張が異なるものについては「起源不明種」という扱いにせざるを得なかったり、情報が不足しているものについては「情報不足のために人為的移入 (導入) かどうかの判断がつかない」としています。

  • 化石記録があるが、初発見が比較的新しい場合、導入か在来か起源がわからない。
  • 分類の変更があったり、分類が定まっていない場合、過去の記録から判断するのが難しい。
  • 発見が比較的新しくても、分布状況等から、導入と考えにくく、自然分散の可能性がある場合もある。

など、判定が難しい場合も多いようです。

判定のポイント:

以前から在来種と考えられていたかどうかの「認識」、初発見や意図的導入等の「記録」。

まとめ

以上の3つの例から、外来種か在来種かの判定には以下の方法が挙げられます。

  1. 記録:いつから知られていたか。導入時期・導入経路など。
  2. 考古学:化石記録。
  3. 遺伝的解析 (分子系統解析):類縁関係・分岐年代。
  4. 生態学:分布状況 (これまで分布していたか、飛び石的な分布、近縁種の分布)。
  5. 認識:在来種と考えられてきたか。

これらの結果を組み合わせて総合的に判断する必要があると思われます。


次章では、これら5つのポイントについて、マダラサソリで見ていきます。

出典 ▼

  • 那波昭義 (1965) 静岡県下のハクビシンについて, 哺乳動物学雑誌: The Journal of the Mammalogical Society of Japan, 2(4):99-105.
  • 増田隆一 (2011) ハクビシンの多様性科学, 哺乳類科学, 51(1):188-191.
  • 環境省 (2018) 分布を拡大する外来哺乳類: アライグマ ハクビシン ヌートリア.
  • Masuda, R., LK. Lin, K.JC, Pei, YJ. Chen, SW. Chang, Y. Kaneko, K. Yamazaki, T. Anezaki, S. Yachimori and T. Oshida (2010) Origins and founder effects on the Japanese masked palm civet Paguma larvata (Viverridae, Carnivora), revealed from a comparison with its molecular phylogeography in Taiwan, Zoological science, 27(6):499-505.
  • 農林水産省 (2018) 野生鳥獣被害防止マニュアル -アライグマ、ハクビシン、タヌキ、アナグマ- (中型獣類編), 農文協プロダクション, 東京.
  • Inoue, T., Y. Kaneko, K. Yamazaki, T. Anezaki, S. Yachimori, K. Ochiai, LK. Lin, K.JC. Pei, YJ. Chen, SW. Chang and R. Masuda (2012) Genetic population structure of the masked palm civet Paguma larvata, (Carnivora: Viverridae) in Japan, revealed from analysis of newly identified compound microsatellites, Conservation Genetics, 13:1095-1107.
  • 岩崎健史, 田中智美, 飯塚祐輔, 菱田泰宏, 蕭聖代, 荒西太士 (2009) マガキ属自然交雑個体の二対立遺伝子解析, LAGUNA: 汽水域研究, 16:13-18.
  • Salvi, D., A. Macali and P. Mariottini (2014), Molecular phylogenetics and systematics of the bivalve family Ostreidae based on rRNA sequence-structure models and multilocus species tree, PloS one, 9(9):e108696.
  • Batista, FM., A. Leitão, A. Huvet, S. Lapègue, S. Heurtebise and P. Boudry (2006) The taxonomic status and origin of the Portuguese oyster Crassostea angulata (Lamark, 1819), かき研究所ニュース, 18 (1st International Oyster Symposium Proceedings):3-10.
  • 岩崎敬二, 木村妙子, 木下今日子, 山口寿之, 西川輝昭, 西栄二郎, 山西良平, 林育夫, 大越健嗣, 小菅丈治, 鈴木孝男, 逸見泰久, 風呂田利夫, 向井宏 (2004) 日本における海産生物の人為的移入と分散: 日本ベントス学会自然環境保全委員会によるアンケート調査の結果から, 日本ベントス学会誌, 59:22-44.
2020/05/06 更新
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