マダラサソリは外来種なのか?
5.環境省はマダラサソリを外来種と考えていたか?
第2章で述べたように、特定外来生物は外来種と考えられる生物から選定されるため、外来生物法の上ではマダラサソリは外来種という解釈になります。しかし、これまで環境省から発表された資料等からは、マダラサソリを外来種と考えていたのかどうか疑問に思えるところがかなり見られます (以前に環境省へ問い合わせて特定外来生物の対象外との回答を得たという方もいるようです)。その点について、少しまとめてみました。
環境省自然環境局 「特定外来生物の解説:キョクトウサソリ科の全種」
和名 キョクトウサソリ科の全種
定着実績 未定着。
環境省・農林水産省 「生態系被害防止外来種リスト 掲載種の付加情報(根拠情報)」(2015)
和名 キョクトウサソリ科
定着段階 未定着
備考 本科に属するマダラサソリ Isometrus maculatus が先島諸島に生息しているが、在来種もしくは古い時代の外来種の両方の可能性があり詳細は不明。
特定外来生物の解説、生態系被害防止外来種リストともに、キョクトウサソリ科のサソリが未定着となっています。日本に生息するマダラサソリを外来種と考えていたのであれば、未定着としていてはつじつまが合いません。
また、生態系被害防止外来種リストでは、「定着を予防する外来種」のなかの「その他の定着予防外来種 (侵入の情報はあるが、定着は確認されていない種)」というカテゴリに分類されていますが、同時に、マダラサソリが先島諸島に生息していることが記されています。では、定着を予防する外来種にマダラサソリは含まれないのでしょうか?
生態系被害防止外来種リストでのマダラサソリの記述は『日本の外来生物』(自然環境研究センター,2008) を参照したものになり、自然環境研究センターはリスト作成を全面的に支援したそうです (自然環境研究センターウェブサイト)。しかし、第4章で見たように、『日本の外来生物』の実際の記述では「在来種もしくは明治時代より前の外来種と考えられるため、特定外来生物から除外される」となっています (2019年の改訂版では削除)。マダラサソリの扱いについて、関係機関でさえも解釈間違いをしていたといえる状況です。
特定外来生物の解説、生態系被害防止外来種リストは、マダラサソリが特定外来生物に選定されたあとに作成されたものになりますが、選定の際には何か議論がされたのでしょうか。
第1回 特定外来生物等分類群専門家グループ会合(無脊椎動物) 議事録 (2004)
「本音を言わせていただくと、クモもサソリも恐らく動物学上非常に貴重な動物だろうと思うのです。何かカブトガニクラスの。サソリなんか特にそうで、非常に原始的な、本来世界中で保護しなければいけない動物だろうと私は思っておりまして、むしろ本当は外来種云々よりも外国、サソリは日本には2種しかいないので、ほとんど外国産なんですが、外国の生息地を保護したいなというのが個人的な考えです。」
これは専門家委員の小野委員による発言で、「サソリは日本には2種しかいない」とは、言い換えると日本にはマダラサソリとヤエヤマサソリの2種が生息しているという意味になりますが、これはこの2種が日本の在来種という意味になるのでしょうか。真意はわかりませんが、結局のところ、キョクトウサソリ科のなかでマダラサソリの扱いをどうするかという発言は一切出ず、キョクトウサソリ科全種が特定外来生物に選定されました (一方で、第2回会合では、ゴケグモ属のクモを選定するにあたり、アカオビゴケグモは在来種という発言が何度も出ています)。
しかし、第4章で見たように、小野 (2009) は「在来種を除くキョクトウサソリ科全種が特定外来生物に指定されている」としており、日本に生息しているマダラサソリが在来種であり特定外来生物の対象外であるかのような記述をしています。単純に考えると、マダラサソリの扱いについて、特定外来生物を選定する立場の人でさえも解釈間違いをしていたと言えるでしょう。
以上をまとめると、環境省サイドでマダラサソリが在来種であるという認識が示されたことはありません。かと言って、外来種という認識かというと、こちらもはっきりと「外来種です」というかたちで示されたことは一度もありません。特定外来生物選定の際も、その後も、キョクトウサソリ科のなかでマダラサソリが日本国内に分布していることに気づいており、在来種の可能性もあるとしながら、はっきりとした認識が示されたことはありません。しかし、特定外来生物のキョクトウサソリ科を国内未定着としたり、マダラサソリが在来種の可能性もあるとしていることから、少なくとも、環境省においてマダラサソリが外来種であるとはっきりと認識していたとは考えにくいと言えるでしょう。キョクトウサソリ科全種を特定外来生物としたにもかかわらず、関係者のなかでマダラサソリが特定外来生物かどうかで解釈間違いが起きたのも、マダラサソリを外来種と認識し (共有し) ていなかったためと考えられます。
出典 ▼
- 環境省自然環境局. “特定外来生物の解説:キョクトウサソリ科の全種”. 日本の外来種対策ウェブサイト. (https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/L-ku-01.html), (2018/07/10参照)
- 環境省, 農林水産省 (2015) 生態系被害防止外来種リスト 掲載種の付加情報 (根拠情報).
- 多紀保彦 (監修), 自然環境研究センター (編著) (2008) 決定版 日本の外来生物, 平凡社, 東京.
- 自然環境研究センター (編著) (2019) 最新 日本の外来生物, 平凡社, 東京.
- 環境省 (2004) 第1回 特定外来生物等分類群専門家グループ会合 (無脊椎動物) 議事録.
- 環境省 (2004) 第2回 特定外来生物等分類群専門家グループ会合 (無脊椎動物) 議事録.
- 小野展嗣 (編著) (2009) 日本産クモ類, 東海大学出版会, 秦野.